- 1 名無しさん 2008/09/26(Fri) 01:51
- ときどき、思いがけない質問を受けることがある。つい先日も、ある若い女性から「先生の親友はどなたですか?」ときかれた。
本人としてはあどけない、ごく自然の質問だったのだろうが、わたしは一瞬とまどった。 ■高校生の頃は 正直いって、そんなことをきかれるとは思ってもみなかった。いや、それ以上に戸惑ったのは、彼女がいう、親友の顔を 思い出せなかったからである。そこで、「いないなぁ…」と答えると、彼女はあっさりうなずいて、別の話に移ったが、わたしは その質問の余韻から抜け出せなかった。 たしかに、わたしには今、親友と呼ぶべきほどの人はいない。でも彼女の若さなら、多分親友がニ、三人はいるのかもしれない。 この違いは何なのか。そこで思いついたのが、年齢(とし)をとったことである。 わたしにも、かつては親友と呼べる友人はいた。とくに高校生の頃は、あいつとあいつ、というようにニ、三人はいたはずである。 さらに大学にすすんでも、そして医学部を出て医局に入っても、はじめの頃は、親友と言えるか否かはともかく、親しい友人はいた。 それがいなくなったのは、いつ頃からなのか。 大学病院の医局に10年間いたが、時が経つにつれて親しい友人はいなくなったような気がする。その後、大学を辞めて作家に なってからは、親友らしき男は一人もいなかった。はっきりいってその頃、自分と近い年代の作家は、親友というより、よきライバル であった。このあたりは、自由業の厳しさとも関係あるが、会社勤めの人も同じかもしれない。 もちろん、その頃、親しかった編集者とはよく飲みに行き、いろいろ話し合ったが、といって親友とは少し違う。互いによき理解者、 という感じであった。そして、親友がいないまま現在に至った、というのが正直な実感である。
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2 名無しさん 2008/09/26(Fri) 01:52
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■年とともに消えて それにしても、なぜ年齢とともに親友がいなくなったのか。そこで思い当たるのは、社会に出るにつれて、各々の立場と目指す ものが違ってくることである。(中略) これは一般の会社でも同様で、入社時は「何年入社組」などといって同期の共感が深いが、年とともに立場が変わり、ときには 同期同士で上を目指して競い合うこともある。こうなると、同期の共感どころか、ライバルになることも少なくない。そして年を経て、 一方が社長になり、他方がその下にいたら、親友どころか、むしろ一番遠い人になる。 要するに男の場合、地位や立場が離れるにつれて、親友は減っていく。むろん同じ立場ということから、新しい友人ができること もあるが、それは親友とは少し違う、立場上の友人、とでもいうべきものである。 ■男と女は では女の人はどうなのか。直接きいたわけではないが、女性の方が親友をもっているケースは多そうである。若いときはもちろん、 年を経ても、女性は仕事仲間、主婦同士、さらには子供を持っている親同士、そして旅行や趣味の仲間として、仲の良さそうな人を よく見かける。 だが、男は常に会社や仕事上の縦社会にいるおかげで、まず上下関係が気になり、さらにやっている仕事の内容や収入が違うと、 親しみもわかず、離れ離れになる。 (中略) なにやら、わたしがいなかったので、勝手な理屈をつけている気がしないでもないが、年齢をとるにつれて、男は孤独になるよう である。「それで淋しくないの?」といわれたら、もちろん淋しいけれど。といって今更、親友をつくるのは無理なような気がする。 それだけ男は可哀想、といえばそのとおりだが、いやいや一つだけ癒す方法がある。それは身近に親しい何でも話せる女性を もつこと。妻でも彼女でもいい、好きな女性に思い切り本音を告げて、こちらの気持ちをわかってもらう。それが男の最後の親友 かもしれない。 ところでみなさん、「いま、親友はいますか?」 (週刊新潮 10/2号 60-61ページ、作家・渡辺淳一氏)
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3 名無しさん 2008/09/26(Fri) 01:53
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4 名無しさん 2008/10/10(Fri) 23:48
- 大阪 羽曳野に実家
渡邉望 27歳女 創価会員 許さない 絶対許さない 許さない 呪ってやる 許さない 呪ってやる 絶対許さない 許さない 呪ってやる 許さない
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